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Boston Scientific

アジアの医療の発展に貢献する。その想いに国境なんて、ない。

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Before:新卒入社 After:エンドスコピー事業部 営業開発/事業企画部部長

Turning-Point 01

医療への想いと、自分の価値。

子どもの頃から化学が好きで、将来は医者になりたいと思った時期もあった。医者にならずとも、どこかで社会や人の為に生きる医療業界への憧れがあったのかもしれない。大学では化学を専攻し、薬の研究に没頭した。けれど、元来、外に出て人と接している方が楽しい性分だからか、卒業してからも研究室に籠もるような生活はしたくなかった。「将来は研究者ではなく、薬か化学関係の営業職かな」とはじめた就職活動で、医療機器を扱う仕事の存在を初めて知った。当時は何も考えず、医療業界で働くには、製薬メーカーのMRしかないと思っていたから、俄然、興味が沸いた。そして企業の説明会に参加したのが、ボストン・サイエンティフィックだったのだ。

現代医学には欠かせない医療機器のプロフェッショナルとして、医師に最先端機器の導入を促していく。医療に携わるのは薬も同じだが、薬は形や効能がすでに決まっている製品を売る。けれど、手術や治療に使用する医療機器は、営業一人ひとりの提案次第で新たな使い方をどんどん生み出していけるかもしれない。また、導入効果も目に見えて実感でき、自分の営業活動が困っている患者さんにどう貢献しているかわかりやすいと思った。とりわけボストン・サイエンティフィックはアメリカに本社を持つ外資系企業として、世界の医療業界に向けて情報を発信していた。製品への強い信念、最先端テクノロジーとしての面白さ、市場の成長性、そして医療の進歩に携わることができるという希有なやりがいに強く惹かれ、医療機器の世界へと飛び込んだのだ。

入社後は、営業として商人の街・大阪に配属された。時に生死に関わる製品を扱う仕事だ。「ボストン・サイエンティフィックです」と言っただけで、おいそれと製品が売れるわけはなく、忙しい医師たちから信頼を得られなければ、挨拶もろくに交わしてもらえない。かといって先輩たちのように経験も製品知識もない。営業として自分の価値は何か。そればかりを考えていた。

Turning-Point 02

キャリアを積むごとに、やりがいも大きくなっていった。

知識や経験は敵わなくとも、行動力なら勝ることができるかもしれない。出社した瞬間からひたすらアポイントをとりまくり、がむしゃらに医師たちにぶつかっていった。上司や先輩、同僚のサポートもありがたかった。そしてあることに気づく。医師も、自分と同じように不安を抱え、間違えることもある、同じ人間。時に患者さんの生死に関わるかもしれない新たな機器の導入にも迷って当然なのだ。ならば、他の医師の考えや導入結果は、医師たちにとって有益な情報のはず。そこで同じ質問をさまざまな医師に投げかけることで、1つの機器、1つの症例に対して、私しか知り得ないさまざまな情報がファイルいっぱい集まった。それは教科書の知識ではない、いわば現場の知識であった。そして、いつしか「ボストン・サイエンティフィックのあいつは、相当引き出しを持っている」という価値へとつながった。医師との信頼関係を築くと、結果がどんどん出始め、医師とともに新たな医療を作り上げていく、営業の面白さにのめり込んでいった。しかし、入社7年目。転機が訪れた。マーケティング部門への異動だった。

「患者側のメリットは。医師側のメリットは。既存製品にはない特長は」。そんな多元方程式を解くように導き出した販売戦略を全国の営業メンバーへシェアし、売上へとつなげていく。それがマーケティングの役割だった。市場調査のために、1年間で47都道府県すべてを訪れ、医療現場のニーズ調査に奔走したこともあった。営業のように医師と1対1で対峙するダイレクトなやりがいは薄くとも、企てた販売ロジックやアイデアが想像通りに全国のマーケットを動かした瞬間のダイナミックな快感はマーケティングならではのやりがいだった。

営業、マーケティング担当の後には営業部門のマネジャーとして神奈川を皮切りに、千葉、茨城、甲信越、東海、北陸を担当し、30名近いメンバーを率いていった。数年前にはチームとして社内で日本一のアワードを得ることもできた。その喜びは、いち営業時代の何十倍も大きかった。

これまで、アメリカ本社をはじめ、いろいろな職種、立場、場所でキャリアを積んできた。年々、仕事の困難さは増していく。けれど、やりがいはそれ以上に大きくなり、得られる喜びもどんどん大きくなっている。そしていつも思うのは、結局、この仕事が、ボストン・サイエンティフィックが好きなのだ。

Turning-Point 03

フィールドは、日本から、アジアへ。

現在、ボストン・サイエンティフィックグループは世界40ヶ国以上に13,000種を超える製品を供給している。獲得した特許は、15,000件超。製品の75%以上がトップ3以内のマーケットシェアを獲得し、文字通り世界の医療テクノロジーをリードしてきた。我々は、近年、中国、インドをはじめアジア・パシフィックエリアへの進出に積極的だ。今、このエリアに求められているのは量よりも質である。豊富なマンパワーをいかに教育し、医療の発展に貢献できる人材へと育てていくか。おこがましい言い方になるが、極論、新製品を出すことは、どこのメーカーでもできるだろう。けれど、人材を育てあげ、新たな治療法を提案、啓発していくことはそう容易ではない。

先日、アメリカ本社で3ヶ月にわたり、セールストレーニングとセールスオペレーティングのスキルをみっちり学んできた。発展途上の医療機器の世界で30年以上の歴史を誇るボストン・サイエンティフィックには、先進的なセールスのスキルとともに、そのスキルを伝承するノウハウもまた確立されているのだ。

以前、世界の医療現場では、使い回しが当たり前の医療機器があった。しかし、当社は患者さんの安全を優先するために機器の使い捨てを奨励した。また、ステントを使った新たな治療法を積極的に医療の世界に発信していったのもボストン・サイエンティフィックである。世界の医療をリードしてきた我々なら、日本はもちろん、アジアの医療を発展させることができると信じている。アジアの、そして世界の医療に貢献する。そこには国境なんてないのだから。

  • 岩村泰秀
  • 鈴木雄一
  • 酒井勉
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